15年目の告白 または私は如何にして心配するのを止めて貧乳を気にしないようになったか
「もうちょっとで良いから、大きくならないかな……」
お気に入りの可愛いブラ(Aカップ)のフロントホックを留めながら、胸元を見下ろしため息をつく。
ママも、おばあちゃんも、私の家系の女たちのスレンダーな体型を考えると気が重くなる。突然変異という単語は私には当てはまらなかったようだけど、大器晩成って言葉をここ数年は信じるようにしていた。
そして、ため息の源はもうひとつ。
二つのふくらみの間、将来谷間ができるはずの場所で主張する、はっきりとした傷痕。
ママは「いつか、大切な人ができたら、その人にだけ見せるのよ」なんて言うけど、こんな魅力のない胸を見せられて喜ぶ男の人が居るとは思えなかった。
ふさぎ込みながら制服を着込み、朝食を済ませて家を出る。隣家からは、ちょうど彼が出てくるところだった。
「おはよう、美結ちゃん」
「おはよ、バカ大輝。ほら、遅刻しないように急ぐわよ」
彼……二つ上の幼馴染みの大輝と、いつものように二人で歩き出す。
だいきお兄ちゃん、なんて呼んでいた昔の自分が恥ずかしい。今では何につけてもだらしない彼を、なんとか真人間にしようと引っ張り回すのが私の日常だった。
「まだ余裕はあるじゃないか。美結ちゃん、ちょっといい? 学校に行く前に、今日は大事な話があるんだ」
いつもの態度を引っ込めた真剣な顔。こんな姿の大輝を見るのは何年ぶりだろう。
そういえば、今日は私の……誕生日だし。バカ大輝にもたまには期待してもいいのかもしれない。
「どうせまたどうでもいい話なんでしょ。で、なに?」
「美結ちゃんの身体って、傷があるんだろ? それ、僕のせいなんだ」
物心ついた頃からずっとあった傷痕は大輝のせい? だって、そんなこと今まで誰も……
「15年前、美結ちゃんが一歳の時、一緒にお風呂に入ってた僕が何かの弾みで玩具で引っ掻いちゃったらしくて。昨日、うちの両親に突然聞かされたんだ、この話」
どうして傷があるのか、誰に尋ねても教えてくれなかった訳をいまさら納得する。幼い頃の私なら、こんな事を聞かされた時点で怒り狂っていただろう。
「女の子の大事な部分に傷を付けて、お嫁に行けない身体にしちゃった訳だし、お前がきちんと責任を取らないとな、って言われてさ」
「大事な部分? 確かに、人に見せるのは恥ずかしいところだけど、そこまで大したものなのかしら、あそこって。」
思わず強がりを言ってしまう。胸のことを気にしているなんて、大輝にだって知られるのは恥ずかしすぎた。
「軽々しく見せるなんて言っちゃ駄目だよ。もっと自分の身体を大事にしないと」
「え、大輝? あなた、どこに傷があると思ってるの?」
何かすれ違いが起こっているのを感じる。あのバカ、いつものように早とちりしてるんだ。
「……」
横たわる沈黙。でも、大輝の視線が私の制服のスカートを通し、お腹のあたりに向いているのに気づくと思わず顔が赤くなってしまう。
「何それ!? そんなこと、想像だけでも許さないんだから! 今すぐ記憶を消しなさい!」
だから大輝はバカなんだ、よりにもよって女の子のそんな場所に、傷だなんて。
「いやそんな、大事な場所としか聞いてないんだから、仕方ないだろ」
「だからってなんて事考えてるのよ!! この変態!」
「じゃあどこなんだよ! 気になるじゃないか」
「む、胸よ。胸の谷間」
その言葉に合わせ、制服の布地を通しては存在の微妙なふくらみに向く視線に、さっきと同じくらい、いやそれ以上に頬が熱い。
「谷間なんて有ったっけ……?」
「バカ!! 判ってるくせに何でそんなこと聞くのよ」
「ごめん。でも、女の子の身体に今まで残るような傷をつけただけでも、僕は謝らなくちゃいけない。この責任はきっと取るから」
責任。その単語に、私が今日16歳になると言うことを急に意識してしまう。大輝はもう18だし、まさか!?
「私まだ高校生なのよ、そんなのまだ早すぎる。せめて卒業してから……って、私たち付き合ってるわけでもなんでも無いじゃない!」
「付き合う? 美結ちゃんこそどうしたんだよ、急に変な事言い出して」
「バカ! 私の誕生日も覚えてくれてないの!? 私、今日16になるんだよ。こんな特別な日に、責任取るなんて言われたら勘違いしちゃうわよ!」
「あ……そういえば。誕生日おめでとう、美結ちゃん」
今更のように祝いの言葉をかけてくる彼に、なぜかほっとしてしまう。そう、これがいつもの大輝だ。あんな真剣な顔されたらこっちも困る。
「傷のこと、私以外の誰かに言ったら死なすからね。二人だけの秘密なんだから」
「もちろんだよ。あ、でも美結ちゃんに誰か彼氏が出来たら、その彼にも教えるのかな?」
「……バカ」
そう答えながら、私は胸の傷が少し熱くなっているように感じる。
「いつか、大切な人ができたら、その人にだけ見せるのよ」
ふと思い出したママのその言葉、今ではそれが、全く違って私の中に響くのだった。